カイザー、「無知の涙」の感想を書き終わったよ。
時間が掛ってしまってごめんなさい。
創作物ではない、実際のノートに綴られた永山受刑者の
肉声としての文章を読んで、
彼の生まれ育った環境や心境はもちろん、
当時の時代背景とか死刑制度や資本主義の是非、
事件の被害者やその家族のことも考えると、
人生経験の浅い、青二才の私なんかが軽々しく
言葉にして良い事柄なのかなって怖くなって…。
それに、最初は彼の提示した問題点について、
全て意見を書こうと思っていたんだけど、
資本主義とか共産主義とかは余り考えたことのない分野で、
どうしても薄っぺらくなってしまった。
だから何度も何度も書き直して、どうしようかずっと迷ってた。
でもやっぱり背伸びをするのは止めて、今は、
読んでいて素直に感じることが出来た範囲だけ文章にしておくね。
「無知の涙」(特に最初の方のノートの詩)を読んで、
一番強く感じたのは、
「人間の一番根っこの所にある願いって、本当は凄くシンプルで、
とてもささやかな事かも知れない」ってことだった。
それは、「居場所が欲しい」「自分を受け入れて欲しい」
という事…。
もしも彼の育った環境が違ったら、
愛し合える人と出会っていたら、
こういう事件は起こらなかったのだろうか。
でも「環境」を論じようにも、私は当時の日本の貧しさも知らない。
小さい頃に(やむなくとは言え)母親に置いて行かれて、
新聞配達をして暮らしていた男の子の気持ちも経験してない。
人を殺した人の気持ちも、殺されてしまった人の気持ちも、
残された家族の気持ちも…。
>居場所が欲しい、自分を受け入れて欲しい・・・
生まれた時から居場所が無い人はどうすればいいんだろう?
そう考えさせられるな・・・
彼は貧困社会の犠牲者だったんだろうな。
お前の言っている事でいいんだぞ?
決して間違ってなどいない。
知らなくても、想像はできる。
無知の為に殺してしまった人の気持ち、
殺された人の気持ち、遺族の悲しみ。
経験していなくても、想像する事はできる。
それはどんなに辛い事か、俺達は考える事ができる・・・
→
感想に返事をありがとう。黒い造花の花の詩を読んで、凄く悲しくなってしまって。自分自身に対して少し無力感を味わっていたから、考えることが出来る、想像することが出来ると言って貰えて嬉しかったよ。私が出来ることは少ないけど、考え続けることで他の人の力になれたらいいな…