名前:アーサー

スコーンの数172個目

撫でる!

(ーーーバタン、と、玄関の扉が閉まる音が聞こえて目が覚めた。)

……○○?


(前までなら、泥棒でも入ったかと警戒するところだが、今この家にいるのは俺一人ではない。
でも、いつもならこの時間あいつはまだ寝てる筈だし、何の用があって外に行くんだ。なんとなく胸騒ぎがして、起き上がりかけてあるカーディガンを羽織る。
○○の部屋に向かい、そっと扉をノックするも返事はない。少しだけ扉を開けて中を見るとベッドにあいつの姿は無かった。やっぱりさっきの扉の音は○○か。)


…こんな朝早くに何をしに……


(まあそのうち戻って来るだろう。とりあえず折角起きたしお茶でも入れるかとリビングに向かうと、テーブルに書き置きがあるのを見つける。)


…………、


(さようなら。そう書かれたメモを見て、全てを察した。あいつは戻って来ないと。
………あいつが俺の所に来たのはある日突然の出来事だった。だから、別れだって突然でもおかしくはない。普通の人間の同居人ならば、こんな書き置き一つで姿を消すなどどういう了見だと問い詰めるところだが、あいつはサキュバス。人間ですらないし、問い詰めたって「魔界に帰るんで」とか言われたらそれ以上なんとも言えない。
…短い同居生活だった。非現実的な、漫画のような出来事だった。始まりが来れば終わりも来る。)



(ーーーそんなものだ、と納得出来る訳はなかった。
ぐしゃ、とメモを握り潰す。どういう事だ。なんで突然。なんで一言もなく、こんなたった紙切れ1枚だけ。ふざけるな。そんな事をあっさりと受け入れられる時期はとうに過ぎた。出会ってすぐの頃ならば、騒々しいやつだったな、やれやれと思って終わるかもしれない。でも、もう、俺は。毎日一緒に過ごして、毎日あいつの顔を見て、毎日声を聞いて。どんどん降り積もる俺の中の"○○"を、今更、こんなメモで全て消し忘れろなんて無理な話だ。)

(気付いた時には、家から飛び出していた。扉が閉まる音が聞こえてまだそんなにたってはいない。
あいつには翼があり空を飛べる。もう遅いかもしれない。でも、まだ間に合うと、そんな確信が何故かあった。)