「あれ、幽々子様。機嫌が良いみたいですけど……何かあったんですか?」
「さすが仙人様ねー。そういうこともわかってしまうのね」
「それはもうやめてください……」
仙人? 何のことだろうか。というか、別に仙人とやらでなくても、幽々子の機嫌が良いのは一目瞭然だ。
「ふふ♪ まあ、どうでもいいではないの。ねえ、紫?」
どうでもいいって、妖夢に知らせるんじゃなかったのか。遠回しに気付かせる気か?
そう思っていると、すぐ傍からスキマが現れた。
「あ、紫様、いらっしゃってたんですか」
「私は複雑な心境だけどね」
紫はスキマから降り立って、ちらりと俺を見た。
確かに親友ならいろいろと思うことはあるだろう。何しろ1000年以上の付き合いだというし。
俺はどれほど長く幽々子の傍にいられるのだろう、と少し考えてしまった。
「でもあの幽々子がねえ……閻魔様はどうなったの?」
幽々子は首を振って肩をすくめた。
「振られたわー。『貴女は他人の心を見るくせに、自分の心に正直でなさすぎる』だって」
「……一番大人なのは閻魔様だったわけね」
映姫とそんなことを話していたのか。彼女も悪ふざけとはいえ、幽々子と付き合ってその本心を汲み取っていたのだろうか。
「でも少し嬉しそうな顔をしていたわよ。きっと『でもこれで少しは大人しくなってくれるかしら。まったく……何故私の部下はこうも問題児ばかり……頭が痛い……』とか思っていたのでしょうね。大人しくなるわけがないのに」
おい。こればかりは映姫に同情する。紫もさすがに呆れ顔で、
「そのうちクビにされるわよ?」
「むしろ望むところだわー。そうなれば次こそは普通の幸せを得られるでしょうし。ねえ、貴方?」
「ん、そうかもしれないな」
「え、お二人とも、何かあったんですか?」
相変わらず空気の読めない妖夢だ。今までの会話の流れで何となくわかりそうなものだが。
幽々子は落胆したようにため息をついた。
「妖夢。貴女、男を知った割には相変わらずねー」
「だからあれは髪型を変えただけですって! 特に意味はないです!」
妖夢の必死の抗議をスルーして、幽々子は紫に目を向けた。
「あ、そうそう。紫にお願いがあるのだけれど」
「何? 親友のお祝いだもの。出来ることなら聞くわよ」
「子供が欲しいわ♪ 境界をちょちょいと弄ればその位なんとかならないかしら?」
何とも幽々子らしいおねだりだが、そんなに子供が欲しいのだろうか。俺だって出来るなら作りたいところだが。
紫はしばし考え込んだようだが、きっぱりと言った。
「貴女達の幸せは貴女達で創りなさい。私が創っても仕方ないでしょう」
「えー、冷たいわー」
「ちょ、ちょっと待ってください! それってもしかして……貴方と幽々子様が!?」
ようやく気付いたか。この鈍感さでは妖夢がその時を迎えるのはいつになることやら。
と妖夢の将来に思考を巡らせていたら、幽々子が俺に自分の腕を絡ませてきた。
「そういうことよ♪ よろしくね」
突然の事態に戸惑っている様子の妖夢だったが、
「はあ……えっと、とりあえずおめでとうございます」
と、祝辞を送ってくれた。
「でも、よく考えてみたらお二人はお似合いかもしれませんね。ずっと仲がよろしかったですし」
「ふふ、幻想郷のおしどり夫婦と呼ばれてみせるわ♪」
「もう結婚前提なんですか!?」
そりゃあ、子供の話をしていればな。あんなことを誓いもしたし。それにしても、人間と亡霊は結婚できるのだろうか。
「式を挙げるなら私に任せなさい。派手にやってあげるわ。ついでにスピーチもしてあげましょうか?」
紫も案外乗り気だ。幻想郷の結婚式って、外の世界と似たようなものなのだろうか。ただの宴会になりそうな気もするが。
「いいわねー♪ 親友として是非お願いするわー。今から楽しみね、貴方?」
幽々子が俺を見上げ、笑顔を見せる。それはとても幸せそうで、今までの消え入りそうな雰囲気はまるで感じられなかった。
俺が、幽々子を変えたんだ―――そう思うととても嬉しく、誇らしかった。
俺は幽々子の体を抱き寄せて言った。
「ああ、それは楽しみだな」
これから多くの問題に満ちた未来が待っているだろう。
だが俺達は、どんな困難も乗り越えてみせる。
幽々子となら、それができるだろうから。
空からは、俺達を祝福するかのように、優しい日の光が差していた。
西行小説03