俺の意思など関係なしに勝手にくぐらされた扉の向こう側。そこはやはり真っ暗な空間であった。いや、よく見るとそこら中で小さい「何か」が光を放っている。
それらがこちらを常に睨みつけているおびただしい量の目玉だと気づくのにはそう時間がかからなかった。これではまるで紫のスキマの中である。ということは奥に進むと紫もいるのだろうか?
貴方「紫、早く幻想郷に出てきてくれ! あんたの式が暴走してるんだ。早く藍を止めてくれ!」
奥に進みながら俺はあらん限りの声で叫ぶ。俺の推測通り確かにこの空間の奥には紫が待ち構えていた。だが、俺の声などまるで聞こえていないのか、反応がまるで見られない。
無駄だ。その紫はお前の記憶が生み出した幻影。
故にお前の声は通じない。
話すのではない、魂をぶつけよ。
隠岐奈の声がどこからともなく響いてきた。訝しんでいると紫の方から俺に近寄ってきた。周囲の眼光も相まって俺はすっかり威圧されてしまう。
まずはお前が楽園たる幻想郷を受け入れよ。
さすれば幻想郷もお前を認める。
俺が幻想郷を……? 俺は幻想郷で生きる俺を受け入れている。今だって俺を突き動かしているのは幻想郷を守る正義の心だ。白蓮と同じで、悪しき存在ならたとえ人間だろうが妖怪だろうが成敗する人々の希望たる……。
いいや、お前は心の底でブレーキを踏んでいる。
己は人間であろうとしている。
大いなる力を振るう為には人ならざる者にでもなる覚悟が要るというのに。
そ、それは……。俺は人ならざる力を得るたびに人間から離れていくのではないかと心のどこかで怯えていた。恐らくはそれを明確に意識したのはバイド異変前後の出来事だろう。
力の為ならば非人道的なことすら厭わなくなるのではないかと、力に溺れて自らも怪物に成り果ててしまうのではないかと。
だからこそ俺は人間であり続けることにこだわり続けた。だが、この虚像の紫はその点を的確に突いている。あまり考えたくなかった暗部。それがこの扉の世界の隠者を前に晒されているのだ。
受け入れよ。
人ならざる面を持った自分自身を。
お前の心はその程度で揺らぐほどか細いものなのか?
俺は、俺は……!
貴方「俺は今の幻想郷を救いたい。その為ならば俺が鬼になろうが化物になろうが構わない。その程度で俺の心は……歪まない」
今、俺は覚悟した。大いなる力を振るうという覚悟を。俺を堕落させようとする暗黒面への誘惑と戦う覚悟を。そのまま俺は紫に手を伸ばした。
柔らかな感触と共に、幻影の紫が俺自身に吸い込まれていった。そして、そこから俺の意識は途切れるのであった……。
→