(不知火は3歩先も見えないほど濃い霧の中を進んでいた。電探もノイズだらけで使い物にならなかったが、何故かこの先に倒すべき敵と守るべき人がいるという確信があった。だが、その不知火を呼び止める声があった)

「不知火さん…」

雪風?

(幸運艦の名に違わず、雪風はこの激戦にもかかわらずほぼ無傷に見えた)

雪風「一人で…行くんですね」

そうよ。いくら貴女の頼みでも、不知火を止めることはできないわ。

雪風「それは、わかってます。でもその前に…少しお話しませんか?」

“お話”?

(本来なら、提督を救うために1秒でも先を急ぐ必要があった。しかし、雪風の言葉には何故か断ることのできない力があった)

…手短にね。

雪風「えへへ」

(苦笑した雪風は、膝を抱えて地面に座り込んだ。不知火もそれに倣い、雪風の横に腰を下ろす)

雪風「雪風、考えてたんです。あの子は、どうして私達に戦いを挑んできたんだろう、って…」

…切り裂きジャックは通り魔だもの。無差別に人を殺していくものよ。

雪風「本当にそうでしょうか?」

何が言いたいの?

雪風「だって…まだあの子は、一人も殺してないんです。それは…知ってますよね?」

(それは本当のことだった。艦娘には通常の通信装置とは別に轟沈・喪失を知らせる通報装置があり、今回は提督自身も同様の装置を身につけている。故障等で通信不能になった場合も通知する機能があるが、それさえ1報もなかった)

それは…きっと不知火たちを絶望させてそれを楽しもうというのよ。通り魔の考えることなんて…

雪風「雪風は…ちょっと違う気がするんです」



雪風「ねえ、不知火さん。あの子と私たちは、どこか似ている気がしませんか?」

どういう意味?

雪風「私たち艦娘って…普通の人間じゃないでしょう?普通の人間の女の子なら、学校へ行ったり、遊んだり、友達や恋人を作ったり…そんなどこにでもある幸せがあったはずなんです。あの子も、“人間として生まれなかった”魂だから…同じように、どこにでもある幸せに憧れてるのかなって…それで、もしかしたら、私たち艦娘に会いに来たのも…それを“わかってくれる”人を探してたんじゃないかって…」

……雪風は優しいのね。でも不知火には信じられない。分かって欲しいなら、どうして命を狙うようなことをするの?今この瞬間だって、司令は霧の中で苦しんでる!まだ死んでないといっても、もしかしたらもう手遅れかもしれない!どうして!?私たちには何の落ち度もないのに!どうしてッ…こんな…ことに…ッ!

(それ以上は言葉にならなかった。嗚咽だけが喉からあふれ出す。屈みこんで泣く不知火を、雪風はそっと抱きしめた)

雪風「大丈夫。ぜったい、大丈夫。私たちには、幸運の女神がついていてくれるんです。だから…」

(ほんの十数秒のことであったが、不知火には何分も、何時間もそうしているように感じられた。これまでの戦いで積み重なってきた悲しみや絶望が、涙とともに流れていくようだった)

…不思議ね。貴女がいうと本当にそんな気がするわ。

(立ち上がり、不知火は苦笑した)

…ごめんなさい。取り乱したけれど、もう大丈夫。恥ずかしいわね、不知火のほうがお姉ちゃんなのに…

雪風「えへへへ、年季は雪風のほうが長いんですよ?」

そうだったわね。さっきの言葉、一応覚えておくわ。年長者の言うことは聞くものだからね。

雪風「むっ!雪風はお婆ちゃんじゃないですぅ!」

うふふ。

雪風「ごめんなさい、時間とらせて。不知火さんならきっと大丈夫。だって、雪風の“お姉ちゃん”なんだから!」

そうね。--分かったわ。アイツは…必ず不知火が止めてみせる----ッ!!

パシッ!

(背後から頭を狙って飛んできたナイフを、素手で掴み取る。振り向くと、そこには悲劇の元凶“切り裂きジャック”の笑みがあった)

アサシン「くすくすくすくす。まってたよ、お ね え ち ゃ ん…!」


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