朝潮(……強い!まるで動きを捉えられないなんて!)

『霧の殺人者』――ジャック・ザ・リッパーの類稀なる身のこなしに朝潮は内心舌を巻いた。ナイフによる攻撃を躱し、主砲を向けた瞬間には敵の姿は既にそこには無く、また死角からの攻撃を避ける…その繰り返しだった。朝潮には、敵が何体もいるようにも、またどこにもいないようにも感じられた。第8駆逐隊の姉妹艦たちも朝潮同様、早くも疲弊し始めている。――と。

満潮「あああぁぁぁぁあああっっ!!」
ア「何それ。隙だらけだよ?」

ズバッ!!

何を思ったか、満潮は一瞬姿を現した敵に一直線に突進し、すれ違いざまに顔を浅く切り裂かれて地面に突っ伏した。

満潮「っ!まだまだっ!!」

ズバッ!!

満潮「そこかあああっ!!」

ズバズバッ!!

荒潮「ちょっと!何してるの!?」

見かねた荒潮が制するが、満潮は尚も無防備に突進を繰り返す。その顔には、焦りとも悔しさともつかない、今にも泣きだしそうな表情が見て取れた。

満潮「『ありがとう』って言った!!私がッ!私が手を出したから!!此奴はッ!!私が倒さなくちゃいけないんだッ!」

ビシィッ!!!

これまでで最も深い斬撃が満潮を襲い、満潮は左肩を押さえて膝をついた。

満潮「もう嫌!私のせいで…もう、誰かが沈むのなんてみたくない!私のせいでッ!!」
朝潮「満潮……」

このとき漸く朝潮は気付いた。満潮は単に自分が窮地を招いたことを後悔しているだけではない。『黄金のランサー』カルナの前に倒れた扶桑や山城、最上らを守れなかったことへの無力感…未遠川で別れて以来、ずっと胸の内に秘めてきた悔しさがここにきて爆発しているのだと。

ア「アハッ、いい顔!もっと悔しそうにして見せてよ!“あの時”みたいに、わたしたちを楽しませて!」
満潮「く…!!」

動きの止まった満潮の正面に敢えて立ち、ナイフを振り上げるアサシン。逃げ場はない――誰の目にもそう見えた…が。

「えぇぇい!!」
満潮「!?」

ドゴォッ!!

満潮とアサシンから見て真横から飛び込んできたのは、大きな魚雷…ではなく大潮の渾身のドロップキックだった。満潮の右わき腹にクリーンヒットした大潮の蹴りは、満潮の体を弾き飛ばすことでナイフの一閃から救い出した。…代わりに相応の痛みを満潮に強いてはいたが。

満潮「げぁほっ!げほっ!?な、何すんのよ!」
大潮「今のでさっきの失敗はチャラだよ!ほら立って!」
満潮「くっ……後で覚えてなさいよ!」

痛みは満潮に幾分の冷静さを取り戻させたらしい。先ほどまでとは違う満潮の目の色に、朝潮も一先ず安堵する。

朝潮「ええ、先ずは……此奴を止めます」
ア「あはは、面白いね。でも、確かにこんなに簡単に死なれたんじゃつまらない。もっと足掻いて見せるがいいよ!」


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