不知火らが目的地の手掛かりを掴んだらしい、との報は、既に戦闘中の他の艦娘たちにも影響を与えていた。
木曾(くそ…不味いな。こいつを川から引き離してやらんことには、青葉を見つけても帰り道がねえ)
霧島に刀を渡したのは失敗だったか、と若干の後悔をしつつ『甲冑のセイバー』=モードレッドを睨み付けた木曾は、その背後にあるものに気付いた。
木曾(橋…?)
一行を乗せた『氷の大地』は、未遠川を下ってその下流、冬木大橋の位置まで流されていた。橋の上には誰もおらず、戦闘の痕跡のみが不自然に残されている。
木曾(こんなところまで流されたのか。…ん?『流された』?)
モ「次はお前だ」
木曾「ぐっ!」
大井「木曾!?」
ザンッ!
斬撃を紙一重で躱したはずだったが、『赤雷』の余波までは避けきれず、顔の右半分に強い衝撃を感じるとともに、眼帯が弾け飛ぶ。が、その下から現れた木曾の右目は不敵な笑みを形作っていた。
木曾「考えてみりゃ…俺たちはお前を倒しに来たわけじゃねえんだ」
モ「あ?何だ?逃げようったってそうはいかねえ。お前らだけは俺が叩ッ切るって決めたんだからな」
木曾「そういうことじゃねえよ、なあ姉貴」
大井「え?――ああ、そういうことね。北上さん、いける?」
北上「あいててて……ん、だいじょぶ」
モ「何をしようと無駄だぜ…」
セイバーの剣に宿る赤光が一段と増す。次の一撃は必殺の威力。半端な回避では衝撃波だけで粉砕される――が、木曾の表情は変わらない。
木曾「それはどうかな?俺たちは作るんだ――最高の勝利ってやつをな!」
ガクン。駆けだしたセイバーの足が縺れる。何をした――先ほどまで氷の端に立っていた艦娘たちに問いかけようとして――
モ「いない!?」
艦娘たちはいつの間にか氷の大地から遥か後方に下がった川面に立っていた。――否。下がっているのは
セイバーの方だ。
モ「なに!?」
木曾「いっけーーっ!」
ザザザザザザザッ!!
氷の大地を動かしているのは重雷装巡洋艦が運用する小型潜水艇『甲標的』。3隻の甲標的がその推力をフル回転させて、氷の大地を下流に向かって押しているのだ。既に河口を突破し海上に出たセイバーは、みるみる遠ざかっていく艦娘たちに向かって届かない衝撃波を飛ばしながら吠えた。
モ「ちっくしょー!てめえら絶対許さねえ!!」
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青「どうした艦娘!そこまでか!」
川内「わっ!とっ!」
『青のセイバー』との一騎打ちを繰り広げる川内だったが、その動きは鈍く、確実に追い詰められていた。セイバーは敢えてとぼけたが、彼女の武器が剣であることは間違いない。何かの障壁によって不可視化されているが、電探がおぼろげに物語るその物体の輪郭は板状の金属、つまり剣だ。当然間合いも川内は見切っている。川内に圧倒的に足りないのは攻撃手段だ。15cm砲の砲撃はセイバーの『直感』により易々と見切られ、掠りもしないでいた。
青「とどめっ!」
川内「!」
唐竹割に不可視の剣が振り下ろされ――敵の脳天に触れる寸前でぴたりと静止する。
川内「ちぇっ」
代わりに背後からやってきた砲弾を切り飛ばし、セイバーは嘆息する。
青「この程度の『変わり身』で私を騙しおおせると思いましたか」
セイバーが唐竹割にしようとしたのは川内ではなく、一抱えもあるペンギンの形をした人形だった。それもただの人形ではなく、中には重油がたっぷりと詰まっている。気付かずに切り裂いていればセイバーは油を被り、火達磨になっていたかもしれない。
川内「ったく、超能力者かなんかかっての…まあいいや、夜は長いよ!」
飄々とした態度は崩さず、川内は再びセイバーに突撃していった。
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神通「姉さん…」
川内の戦いを見守る神通の表情は苦汁に塗れていた。自分が戦えない以上、せめて敵の真名を明らかにできれば…そう考えるが、然程西洋の歴史に明るい方ではない神通たちでは、敵の正体に迫り切れなかった。
神通(双子の剣士…)
初雪達が戦闘に入る前に送った情報は、『甲冑』と『青』、2人のセイバーは一卵性双生児のように瓜二つであるということであった。が、一卵性双生児かつ、異なる性質の魔剣…一方は赤雷、他方は不可視の障壁を備えた者…という条件に合致した者を挙げることができない。
神通(双子でなく、親子やきょうだい?それにしては…)
似すぎている、というのが初雪らの見方だった。双子でなければクローンやコピーかもしれないが、それこそ神通の知識では及ばない。
鳳翔「少し、仮説を述べても宜しいですか?」
神通「鳳翔さん?」
同じく戦いを見守る鳳翔が声を掛ける。
鳳翔「あの者の剣、何故隠しているのかとずっと考えていたんです。川内さんが間合いを見切っていることは既に気付いている筈。なのに隠し続けているのは、もしや間合いを隠す為ではなくて……『剣を見たら正体が分かってしまうくらい、有名な剣』だからではないか、と…」
神通「!」
そのような剣には、神通も一つ心当たりがある。『王』を決める『選定の剣』。余りにも有名で、その『王』の伝説と無関係の創作にも登場する程である。もしその通りだとすれば、もう一方の甲冑のセイバーは…
神通「実の姉との間の子…」
親子やきょうだいならば、遺伝子は50%一致する。一卵性双生児なら100%だから、その間には歴然とした差がある。だが、実のきょうだいの間の子ならば遺伝子の一致率は75%。ただの親子よりもずっと似ていておかしくはない。
推論が正しいとすると、甲冑の方は“女と女の間の子”ということになる。が、何しろその『王の姉』は魔女と呼ばれた存在である。その位は出来て不思議はない。寧ろそういう事情があった方が、『息子』が女と呼ばれることを嫌う理由になる。
…この推論は実は不正確であった。モードレッドは王の姉モルガンが産んだ、王のクローンである。モードレッドが女扱いを嫌うのも全く違った理由だ。が、神通が至った結論だけは正解だった。その、あまりにも有名な『王』の名は――
神通「アーサー・ペンドラゴン…!」
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