木曾が見た、誰もいない冬木大橋。その状況を作り出した当人は、緋に染まった剣の丘で、艦娘たちと対峙していた。
紅茶「ご覧の通り、貴様達が挑むのが無限の剣。剣戟の極地!恐れずしてかかってこい!」
ザンッ!!1射目で、半数の艦娘が立てなくなった。
ザンッ!!2射目で、8割の艦娘が武器を奪われた。
五十鈴「嘘…でしょ…!」
小銃に似た主砲を半ば程で断ち切られた五十鈴が膝を折る。
紅茶「お前達は…何のために戦っている?」
…と。アーチャーが問いを発した。それは数分前にカルナが扶桑に投げた問いと同じもの。が、その後に続く問答は同じではなかった。
紅茶「よもや『正義のため』などと青臭いことは言うまい?」
五十鈴「決まってんでしょ…命を守るためよ…!仲間と、大切な人の…!」
紅茶「ほう?『命』、と言ったか」
剣の丘の主が口角を吊り上げる。
紅茶「ならば教えてやろう。確かにこの戦いに勝てば、貴様たちは自身を含む100かそこらの命を救うだろう。だが、それと同時にその100倍以上の、この街の住人の命を危険に晒すのだとしたら、どうする?」
五十鈴「何を…!?巫山戯てんじゃないわよ!」
紅茶「巫山戯てなどいない。元より我等はこの地を様々な外敵から守護してきた。ところが、お前達という闖入者がそこに綻びを作った。するとどうなる?外敵達は喜んで綻びを突くだろう。無論我々とて大抵の敵は撃退できる。が、その過程で何人の『命』が喪われるか。外敵の殆どはお前達より遥かに強大である以上、100や200で済まないことは明らかだ。お前達は、その『仲間と大切な人を守りたい』というエゴの為に、その何倍もの『命』を切り捨てるのだ。それが『正義』に適うといえるか?」
五十鈴「何よ…私達が…『悪者』だとでも言うの?」
紅茶「何が違う?少数の命の為に、より多数の命を奪う。これが『悪』でなくて何だ?」
五十鈴「冗談じゃないわよ!数が多い方が『正義』だとでも言うつもり!?」
紅茶「生憎だがその通りだ。この『世界』では数こそが『正義』だ。これは私個人の思想ではない。『世界』が、そう選択したのだ」
言って、アーチャーは手をかざし周囲の無数の剣を示す。
紅茶「見ろ。この剣たちが何か分かるか?此処には私がこれまでに見た剣の全てがある。私は『世界』の意志に従い、此処にある剣の数と同じだけの戦場を戦い、同じだけの人間を殺し、そしてそれ以上の『命』を救った。1を殺し100を救う。それがこの『世界』の正義なのだよ」
五十鈴「う……」
成る程正論である。元より命に貴賤はない。ならば数が多い方を救うのが倫理的に正しく、少ない方を救おうとする方が間違っている。
五十鈴(私達が…間違ってたって言うの…?)
「ったく、さっきから言いたい放題ベラベラと…!」
戦意を失いかけた五十鈴の隣で声が上がる。その艦娘は砲塔も魚雷発射管も失っていたが、その
マストを杖のように使って立ち上がろうとしていた。
叢雲「1を殺し100を救う?それこそ冗談じゃないわ…何でどっちかだけなのよ…101助けなさいよ…!!」
紅茶「詭弁だな。私は『仮にそれが不可能ならば』という仮定の話をしている。出来るならば両方助けるさ」
叢雲「…だったら!不可能だなんて決めつけんじゃないわよ…!勝手に諦めてんじゃないわよ!!」
紅茶「ふ…」
五十鈴(笑った…?)
微かな表情の変化であったが、五十鈴にはアーチャーが確かに笑ったように見えた。尤も、それが嘲りなのか、それとも喜びなのかは分からなかったが。
紅茶「私に出来ぬことがお前達なら出来ると?…少なくとも私より力が無ければそれは叶わん。問答はこれまでだ……大層な事をいうなら力を以て示せ!」
叢雲「言われなくても!!」
ガキン!
マストを槍のように構えての突撃は、白と黒、対称的な色彩の二刀によって阻まれる。
叢雲「正義なんか知るか…アンタにだけは、絶対負けてやるものか!!」
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