神通の視界には、みるみる迫る地面と、その手前のライダーの背中が映っていた。

メ「終わりです」

ぐ、と神通を絡め取った鎖に力をこめ、地面に振り下ろそうとしたとき――

バガァン!!

爆発音。と、同時にライダーの左腕に感じる鎖の張力が緩む。

メ(爆発の勢いを利用して、回転した…!?)

神通は空中で縛られた姿勢のまま、錐揉み状に回転していた。ライダーの鋭敏な感覚は、拘束がもはや解けたことに加え、神通の左腰の魚雷発射管の一基が爆発で歪んでいることを察知する。さらに…

神通「く…」

神通の左脚があらぬ方向に曲がっている。爆発の余波で脱臼か骨折したのであろう。

メ「脱出のための代償が脚1本…果たして安いといえますか?」

言いながらライダーは左手で鎖を手繰り寄せる。もう一度拘束するか、先端の釘剣で串刺しにするか。それとも鎖を手甲の代わりにして殴りつけるか。追撃の手段を考えるライダーは然し、神通の意図を誤解していた。捨身の覚悟でライダーに挑みかかった二水戦旗艦が、“自分の身を守るためだけに”脚1本を犠牲にして脱出を図るわけがない――神通を知る者ならば、そう気づいていたはずである。

メ「!?」

手繰り寄せる鎖のもう一端を、神通の右手が掴む。落下の勢いに両者の膂力を加え、神通の身体が眼前に迫る。

バキィ!

メ「ぐぅ!」

右足の蹴りがライダーの顎を捕らえる。さらに……

神通「油断しましたね。次発装填済みです」

何のことだ、と問う前に、ライダーの上半身を爆発が包み込む。神通が一基残った魚雷発射管を己の背中に押し当て、機銃で起爆した……ライダーがそれを理解したのは、背中に大火傷と深い裂傷を負い、天馬とともに地面に降り立った後だった。仰向けに倒れた神通がか細い声で、先の問いに応じる。

神通「脚1本でその傷…まあ、悪くない取引でした」
メ「く……」

目の前の艦娘はもう動けない。それよりも、先に念話を通じて聞いたところに拠れば、ランサー=カルナがその宝具をこの場に向けて発動するらしい。この女に自分の手で引導を渡してやれないのは残念だが、この場に留まっていれば自分も巻き添えを食いかねない。ライダーはそう判断し、再びペガサスの背に乗って上空へと飛び去った。

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金剛(まずいデース……)

ランサー=エリザベート・バートリーの猛攻を凌ぎながら、金剛は考えあぐねていた。

金剛(私と比叡、川内は動けマス。しかし、他の皆サンは……)

ちら、と背後の艦娘達を目だけで見回す。と、川内型姉妹の長女と目が合った。

川内(にこっ)
金剛(川内!?何かideaが!)
エ「そらっ!」

バギィ!!

ランサーは槍を大きく水平に一薙ぎし、艦娘達を己の間合いから追い払った。巻き添えを避けての行動に間違いなかった。

扶桑『5…』

金剛(!)

通信から微かに聞こえる扶桑の声。それは、宝具の発動を読み、そのタイミングを伝えるカウントダウンだった。

扶桑『4…』

河口に最も近いコンテナの上に立った川内が、口元のマフラーに手をかけた。

扶桑『3…!』

バサッ!!

白いマフラーが翻る。その中から飛び出したのは…

金剛(錨!?)

川内の右手から繰り出されたのは先端に小さい錨をつけた鎖。それも1本ではない。繰り出された鎖は金剛の、比叡の、倒れた艦娘たちの腕や胴に捲きついていく。仰向けに倒れていた神通も、右手で錨を掴み取った。

『2』の宣言はない。扶桑が自分達の対処に集中したということであろう。金剛が振り向くと、川内の翻したマフラーが姿を変えていた。風にたなびくそれは、マフラーというには大きく、マントと呼ぶにもさらに大きく、まるで…

比叡「翼…!?」
川内「みんな、捕まっててよ!!」

川内の宣言と同時に、通信が大きく乱れる。扶桑らの立つ空間に、電磁波さえ歪めるほどの大きな力場が出現したことの証左であった。

エ「何をする気!?」

ランサーが聞き咎めるが、何をしようにもその間合いは離れすぎていた。川内は応える代わりに、背後の川面に向かって後ろ向きに跳び降りた。

ゴッ!!!

突如、周囲が昼のように明るくなるとともに、巨大な爆発音が響き渡った。カルナの宝具、『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』の光と、それが巻き起こす水蒸気爆発…しかし、それに巻き込まれた艦娘は1人もいなかった。何故なら…


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