港湾様
あれはイタリアへと向かっていた時のことよ。
地中海の雰囲気が好きなのかなんなのか、夏になると艦隊はよく行くようになっていたわ。
まあ私は行ってないんだけどね。
……それは「行かなかった」んじゃなくて、「行けなかった」からなんだけど。
夏休みが明けたばかりのこと
まだまだ暑かったけど、地中海の入り口ジブラルタル海峡あたりで寛いでたの。
そしたら……
「ぽぽ、ぽぽっぽ、ぽ、ぽっ…」と変な音が聞こえてきた。機械的な音じゃなくて、人が発してるような感じがしたわ。
それも濁音とも半濁音とも、どちらにも取れるような感じだった。

何だろうと思っていると、集積地の上に帽子があるのを見つけた。
集積地の上に置いてあったわけじゃない。
帽子はそのまま横に移動し、集積地の切れ目まで来ると、一人女性が見えた。
まあ、帽子はその女性が被っていたわけね。
驚いていると、女はまた移動して視界から消えた。帽子も消えていた。
また、いつのまにか「ぽぽぽ」という音も無くなっていた。
そのときは、また集積地が燃やされるのね、PTが邪魔だなくらいにしか思わなかった。
その後、鎮守府でお茶を飲みながら、扶桑と山城にさっきのことを話した。
「さっき、大きな女を見たわよ。男が女装してたのかなあ」
と言っても「へぇ~」くらいしか言わなかったけど
「集積地より背が高かった。帽子を被っていて『ぽぽぽ』とか変な声出してたし」
と言ったとたん、二人の動きが止ったのよね。いや、本当にぴたりと止った。
その後、「いつ見た」「どこで見た」「集積地よりどのくらい高かった」と、扶桑が怒ったような顔で質問を浴びせてきた。
扶桑の気迫に押されながらもそれに答えると、急に黙り込んで廊下にある電話まで行き、どこかに電話をかけだした。
引き戸が閉じられていたため、何を話しているのかは良く分からなかった。
山城は心なしか震えているように見えた。
扶桑は電話を終えたのか、戻ってくると
「今日は泊まっていきなさい。いや、今日は帰すわけには行かなくなったわ」
と言った。
――何かとんでもなく悪いことをしてしまったんだろうか。と必死に考えたが、何も思い当たらない。
あの女だって、自分から見に行ったわけじゃなく、あちらから現れたわけだし。
そして、「山城、後をお願いね。私はKさんを迎えに行って来るわ」
と言い残し、ふそうでどこかに出かけて行った。
山城に恐る恐る尋ねてみると
「港湾様に魅入られてしまったようね。扶桑姉様が何とかしてくれる。何にも心配しなくていいから」
と震えた声で言った。
それから山城は、扶桑が戻って来るまでぽつりぽつりと話してくれた。⇒