「うー…うぅ?」

そんな可愛らしい声があがったのをきっかけに、やっていた問題集から顔をあげる。行き詰まったときに無意識に唸るのは、○○の昔からの癖だった。ノートに書いてある無数の計算式の跡から、相当に苦労していることがうかがい知れる。悩んでいる○○を見るのは楽しい。くるくる一人で表情を変える、一生懸命な○○を見るのが好きなんだ。そういうところが多分、○○によく意地悪だと言われる理由なんだろう。

「ここが間違ってるんだよ」

とはいえ、テスト前だ。あまり時間をかけさせてしまうのも可哀想なので、今日は○○の姿を楽しむのを短めにした。まぁ、それに──「え!?あ、本当だ!ありがとう!寿くん!」──この笑顔を見るのも楽しみなので、どっちにしろ僕には得しかないんだ。














「やったー!できた!」
「おめでとう」

たかが問題一つで、と思う人もいるだろうが、その問題一つでここまで喜べる○○に、僕は何度も救われた。○○のこの屈託のない性格は、僕の癒しだ。正しい答えが書かれたノートを見つめて、満足げな表情を浮かべている。

「寿くんすごいね。ぱっと見ただけですぐ分かっちゃうんだもん」
「ん?たまたまだよ」
「またそうやって謙遜する」
「お、難しい言葉知ってるね」
「あ、今バカにしたでしょ!」

むくれてる顔も可愛い。でもこんな顔をしてても、「ごめんごめん、嘘だよ」そう言って頭を撫でてやると、○○はすぐにまた笑顔に戻る。本当に可愛いんだ。

「あ、寿くん時間大丈夫?」
「うん、遅くなるって言ってるから。今日ご両親帰るの遅いんだろ?危ないからそれまでいるよ」
「え、だ、大丈夫だよ。子供じゃないんだから」
「……まぁ確かに、僕といる方が危ないかもね」
「え……?……!」

○○は少し遅れて意味を理解したのか、みるみるうちに顔を赤く染めていった。

「え、あ、そ、それって」
「あはは、冗談だよ!」

笑ってそう言うと、○○は真っ赤な顔のまま頬を膨らました。からかうと可愛いから、いつも意地悪してしまう。

小1で隣の席になって、野球のことがきっかけで喋るようになってから、僕はいつのまにか○○が好きになっていた。自覚したのは小3のときだったかな。でも、もしかしたらもっと前からだったのかもしれない。
拗らせてしまった初恋はかなりやっかいだ。
この関係が壊れるのが怖くて、今一歩踏み出せない。昔も今も、○○の一番近くにいるのは僕だと思ってるけど、○○まで失ったら、僕はどうしたらいいんだろう。そう思うと、どうしようもなく怖くなる。


「…寿くん、あんまりそうやって私のことからかってると痛い目見るよ?」

○○の声で、遠くにいってた意識が戻ってくる。強気の彼女に笑って返そうとした瞬間、心臓が跳ねた。○○の顔が、いつの間にかさっきよりずっと近くにあった。普段の饒舌さはどこにいったのか、何も言えないまま、目を見開いてそのまま近付いてくる○○の顔を見つめていた。スローモーションみたいにゆっくりに見えるその光景と対象的に、心臓はだんだんと早くなっていく。


ちゅ。


そんな音をたてて、○○の唇は僕の鼻の頭に落ち、そのまま離れていった。

「び、びっくりした?」

さっきよりも赤くなっている○○に、逆に僕の心臓は落ち着いていく。安心か落胆か。色々な感情を後回しにして、僕はひとまず○○に満面の笑みを向けた。

「うん、びっくりしたよ。てっきり口にしてくれると思ったのに」
「え……」
「やり直していい?」

○○は湯気でも出そうな顔をして、目を何度か瞬かせた。そのまま○○がした様に顔を近づけてみても、○○は動かない。
今○○は、さっき僕が感じたものと同じ気持ちを、抱いてくれてるだろうか。そんな期待を抱きながら、唇を合わせたい衝動を必死に我慢して僕は先ほどの仕返しを完遂した。

あまりに子どもじみてる。小学生男児が、好きな女の子をいじめているのと、僕がやってることは変わらない。

「びっくりした?」

○○と全く同じ言葉で、そう聞いてみる。
しばらくの間、その答えは返ってこなかった。○○は完全に固まっていたのだ。それでも、待って待ってやっと○○が発した言葉は、こうだった。


「し、死んじゃいそうなくらいドキドキした……」




本当はこっちが○○の仕返しだったんじゃ?

そう思う程度には、多分僕の顔は赤かったと思う。


名前:佐藤寿也+坂口光
通算本塁打144本
話した言葉:おまけ2

寿くんかわいい

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